「働く女性のメンタルヘルス講演会」講義録

 

令和元年度 働く女性のメンタルヘルス講演会

「今、悩んでいる働く女性に ~対人関係におけるストレス対処法~」

株式会社グローバルヘルスコミュニケーションズ 代表取締役

博士(保健学) 蝦名玲子

●はじめに

私は18年前に株式会社グローバルヘルスコミュニケーションズを立ち上げまして、官公庁、企業、学校、病院を「元気にするためにはどうしたらいいか」というアドバイスをする仕事をしております。仕事の中でいろんな方々の悩みを聞いてまいりました。また同時に、研究者として生き抜く力や困難を乗り越える力を高めるためにどうすればいいのかという研究も行ってきました。

今日は、研究者として「これをすれば科学的に効果がある」ということが証明されている効果的な方法と、実践者として現場に即した形で皆様の生活の中で活かせることをミックスした内容をテーマとしてお話していきたいと思います。


●女性特有のストレッサー

早速ですが、産業医科大学の研究チームの研究で、仕事のストレスの大きい女性管理職は、仕事のストレスの小さい女性管理職より「脳卒中のリスクが5倍高い」という結果がでました。ストレスに対処する術を磨いておくことの重要性がわかります。

女性は、男性と比べて同性の先輩や上司に恵まれない、ロールモデルが少ないという傾向があり、また「男性は男性上司よりも女性上司に対して身構える傾向にある」という研究結果もあります。組織における少数派であるからこそ警戒されてしまい、指導がしづらいというところがあるのかもしれません。

管理職のストレスの他に「格差の問題」もあります。同じ仕事をしているのに低賃金であるとか、ある一定の役職以上は昇進できないという壁、不利な条件などが存在します。

また、女性としての社会的役割もあります。良い母親でなければならない、きちんと家のことをやらなければならないという、見えない「何か求められるもの」があるからこそ、融通の利きやすい派遣社員や契約社員といった非正規職に就きやすくなります。しかし「非正規職の方のほうが心理的ストレスを感じている割合が高い」という研究結果もあります。また 今の時代、離婚や死別などの別れを経験して一人で子供を育てていかなければならないという状況に陥ったときに、非正規の雇用形態だと心理的ストレスに加え、経済的ストレスにさらされることになりかねません。

いろいろ考えると理不尽ではありますが、今日はそうした中でも生き生きと自分らしく、自分の求める世界を創造していくためにはどうしたらいいか、「SOC」という概念を紹介しながら、3つの方法をお伝えしていきます。

 

●SOC(Sense Of Coherence)とは

私が困難を乗り越える力について関心を持ったのは、19年前にクロアチアの女性ジャーナリストに出逢ったのがきっかけです。思春期という最も多感な時期に旧ユーゴ紛争という過酷な戦争体験をされた方でした。彼女には、ずっとジャーナリストになりたいという夢がありましたが、戦争の影響で学校に行くことすらできなくなりました。食べるものにすら困るという状況の中で、生きるためにとにかく働くという生活をしながら、ジャーナリストになるための勉強や挑戦を続けて、やっと夢の職業に就けたそうです。

彼女の「私はなんて幸せなのでしょう。今、こうして安心して暮らせる家があり、家族も生きていて、夢の職業にも就けた。私ほど幸せな人っていないのかと思うわ」という言葉を聞いて、私は衝撃を受けました。

クロアチア人のメンタルは日本人よりも強いのか、それとも彼女がスーパーウーマンなのか、私なら心が折れて当然という状況下で、心が折れないばかりかその経験を成長の糧にさえしているのはなぜなのかと思い、居ても立っても居られなくなり、当時勤務していた研究所を辞め単身でクロアチアに飛びました。

実際にクロアチアに行ってみると、心が傷ついて人生を諦めている人たちは、たくさんいました。辛い経験をしたのですから、当然だと思います。ですが、逆に彼女のように人生を諦めることなく着実に前に向かって進んでいる人もいたのです。この違いは何なのかと思い研究を始めました。

その結果、辛くて辛くてたまらないような体験をしても心を病まずに健康的な大人になれた人は、SOCが高いという共通点があることがわかりました。

SOCとは、日本語では「首尾一貫感覚」と訳されています。この専門用語について、後ほど感覚的に理解できるようお話しますが、今、この段階で覚えておいていただきたいのは、「自分自身やこの世界をどう見るかという志向性である、このSOCが高いと、過酷な出来事が起きたとしても健康を維持できる」ということです。

●SOCの重要性

この志向性の重要性は科学的にも証明されています。SOCというのは29項目あるいは13項目のチェックで志向性の高さを測定できるようになっています。2006年に世界32か国、33言語、20万人以上を対象にSOCについて測定した研究があります。その結果、どんな言語、どんな文化圏で測定したとしても、SOCが高い人は現在の心の健康の状態がよく、また将来も良好でありやすいということがわかりました。

 

●SOCを高める方法

健康を作り出すような志向性になるためのポイントは、良い側面に目を向けて、肯定的な言葉を使うことにあります。深刻な状況だからこそ、良い側面や可能性に気づくことが重要なのです。とはいえ、良い言葉を使いましょうと聞いたことはあるけれどできないから困っている、という方もいらっしゃると思います。ですので、今からそれができるようになるゲームをやりたいと思います。今から1分間で、皆様が嫌いな人、苦手な人のことを思い浮かべて、なぜその人のことが嫌いなのか、苦手なのかを形容詞で書けるだけ多く書いてください。

<参加者各自が記入>

 

それでは、今から隣の方と2人組になっていただき、健康生成ゲームを行います。まず左に座っていらっしゃる方は疾病生成役として、今、書いた形容詞の前に「私は」を付けて読み上げてください。右に座っていらっしゃる方は健康生成役として、疾病生成役の方が言った短所を長所に置き換えてください。

<隣の席の方と健康生成ゲーム実施>

 

今、このゲームをやってみて「あ、そういう見方があったか」と思いませんでしたか。立場が変われば見せる顔も変わりますし、見える面も変わってきます。それを知ること、良い面にも気づき、全体像を知ることで苦手意識が少し減ったりすることがあります。

また、苦手だったり相手に嫌われていると思うとネガティブな態度を取ってしまいがちです。そうすると、相手のネガティブな反応を引き出すことにつながり、結果的に、不安や苦しみを生み出す状況になるということもありますので、少し不安だなと思うことがありましたら、一人ででもこの健康生成ゲームをやってみてください。

肯定的な表現を身に付けるもう一つのメリットは、人が言うことを聞いてくれやすくなるということ。これを感覚的に私に教えてくれたのは、DJポリスです。DJポリスが初めてニュースに取り上げられたのは2013年サッカーの日本代表がW杯出場を決めた夜、渋谷の街がサポーターでいっぱいになりました。かつての警察官だったら「そこ、たむろしないでさっさと帰りなさい!」と注意していたと思います。けれど、このやり方は今まであまり効果がありませんでした。その中で、DJポリスは肯定的な表現をしました。その結果、サポーターは誘導に従い、その日はけが人も逮捕者もゼロだった、ということがありました。この経験を経て、現在では警察でも肯定的なコミュニケーションの研修がなされるようになってきています。

なぜ肯定的な表現を人が言うことを聞きやすくなるかというと、内発的動機を引き出すからです。人の動機というものは、外発的動機と内発的動機の2種類があります。外発的動機は、褒められたい、罰せられたくない、といった外からくる刺激のために発生するモチベーションです。外発的動機は、その効果が短期間で終わってしまい行動の継続が見込まれにくいという傾向があります。一方で、内発的動機は、自分がやりたいからやるという自分の中からくる動機です。内発的動機から生まれる行動のほうが質が良くその効果も長続きしやすいことがわかっています。そして、肯定的な表現、ポジティブな表現は内発的動機を引き出すと言われているのです。

 

●SOCを作る3つの感覚「わかる感」

SOCという志向性は3つの感覚から成り立っています。元気になる力SOCは、「わかる感」「できる感」「やるぞ感」の3つの感覚でできていると覚えてください。

「わかる感」とは、自分の置かれている状況を理解できている、または今後の状況がある程度予測できるという感覚のことです。

ここからの説明は、この講座の申し込み時に皆さんから「今の悩み」や「なぜこの講座に申し込んだのか」という項目の記載に多かった内容を事例として取り上げていきます。

まず「年齢を始めプライベートについて質問され正直に答えると相手の態度が変わってしまった」という悩みをお持ちの方がたくさんいらっしゃいました。こういった出来事があった時に、「わかる感」の高さによって感じ方が違います。「わかる感」が低いと、心が動じやすくなります。一方で、同じ出来事であっても「わかる感」が高い人は、今、置かれている状況の把握と、今後の見通しが立てられる状態になるため、心が動じにくくなるわけです。

今、「わかる感」が低い人が、フラットな状態で建設的に考えられるようになるためには、対人トラブルを解決するにはもう一人の自分がいると思って、頭の中で自分の名前を呼びながら他人の視点から自分にアドバイスする、という方法が効果的です。

具体的には、まず、心が動じた時に、自分の友達からそれを相談された場合にどんな言葉をかけるかを考えます。戸惑って当然だよ、と認めた上で、なんとか元気づけようと、慰めようとして、何らかの言葉をかけると思います。その言葉を先ほどのパートナーと話し合ってみてください。

<隣席の方と話し合い>

 

まず、受け入れた上で、客観的に現状を把握し、反証(でも、しかし)することが有効です。自分の身に起こった時に反証を思い出すことで、少しフラットになることができます。そうすると視野が広がり、客観的に現状把握ができるようになるため、心が落ち着きやすくなるのです。

 

●ストレスとの向き合い方

世の中には「わかるべきこと」と「わかる必要のないこと」があります。「わかるべきこと」というのは、自分が認知を広く持ち客観的にとらえることで対応することができます。 一方で、世の中には「わかる必要のないこと」も存在します。旧ユーゴ紛争の生存者研究から、戦時中でも「わかる感」を高く維持できていた人たちは、戦争に行った自分の父親は生きて帰って来られるのか等、どれだけ考えてもわからないようなことやわかっても楽にならないことは、あえて考えない時間を作っていた、また、わかると楽になれる事柄だけに焦点を当てていたという共通点がありました。

「わかる必要のないことというのはわかっているが、それを思い浮かべてしまってイライラしてしまう。その感情の切り替えができないがどうしたらいいか」というご意見もありました。そういう方には、「いま」「ここ」に焦点を当てるマインドフルネスをお勧めします。一番有名なのは呼吸瞑想「マインドフルネス瞑想」です。とにかく自分の呼吸、「今、この瞬間に自分が何を感じているか」というところに意識を向けるというやり方です。

<参加者全員でマインドフルネス瞑想を実践>

瞑想を行っている間に、嫌なこと思い出してしまうこともありますが大丈夫です。「あ、私、別のこと考えている」と感じること、気づくことが重要です。嫌な感情に飲まれている時には、そのことにすら気づけない状態のため、気づけたということは、ストレスに距離を置けているということです。

 

●プライベートな質問のかわし方

効果的な対処法としては、「質問を質問で返す」「自分の気持ちを率直に、相手も尊重しながら伝える」「別の話題を振る」「電話等を口実に、その場から離れる」ことが挙げられます嫌な顔をすると相手のネガティブな反応を引き出すことにもなりますので、常に笑顔を忘れずに対応しましょう。

 

●SOCを作る3つの感覚「できる感」

「できる感」というのは、資源を集めて困難な出来事に直面しても、「自分ならなんとか切り抜けられる」「やっていける」と信じられる感覚のことです。たとえば、自分を信じる力とか過去の成功体験がある方はまた同じような困難があっても、「あの時もうまくいったし、また自分ならうまくやれるだろう」と思いやすいですよね。これは自分の中にある資源です。ただ、「転職で初めての業界に入った」「その業界でうまくいったことがない」など自分の中に資源がない時もあります。その場合は、ぜひ外にある資源に気づいていただきたいのです。外には、自分を手伝ってくれる存在や話を聞いてくれる存在、知識やアドバイスをくれる存在、遊んでくれる人、行動が適切かをフィードバックしてくれる人など資源がたくさんあります。

「できる感」が高い人は、こういった資源を集めて「私にはこれだけ助けてくれる存在がいるだからきっと何とかなる」と感じられるため、追い詰められにくくなります。 「できる感」が低い人は、実質的サポートを得ようと頑張ってみるも難しかった時にすべてを諦めてしまい、「助けてくれる人なんていない」「自分でなんとかしなくては」「もうどうにもならない」と思ってしまい、心が追い詰められやすくなります。

 

では、今から自分の周りの資源に気づくワークをしたいと思います。

【実質的サポート】

皆様が何か困った時に、労力、お金など、実際に助けてくれる人はいますか。そういう人の名前を何人でもいいので書いてみてください。

【情緒的サポート】

皆様が落ち込んでいるときに話を聞いてくれる、癒してくれる人はいますか。ペットや植物でも構いません。そうした存在がいたらその名前を書いてください。

【情報的サポート】

問題をどう解決するか悩んでいるときに、情報をくれる人、アドバイスをくれる人はいますか。あなたの問題はこうすれば解決できると思いますよ、という情報をくれる人はいますか。その人の名前や、組織の名称を書いてください。

【交友的サポート】

簡単に言えば遊び相手です。悩みを相談するわけではないけれど、この人たちといると心が落ち着く、居場所を感じる人や場所はありますか。いたら、その人や場所の名前を書いてください。

【妥当性確認】

人は悩むときにその決断が本当に正しかったのか、その行動が正しかったのか悩むことが多くあります。その時に「その決断は正しかったと思いますよ」「行動は適切だったと思いますよ」と言ってくれる人がいるだけで、自信をもって前を向いて進んでいくことができるわけです。そう言ってくれる人がいれば、その人の名前を書いてください。

 

全部書けなくても大丈夫です。抜けている項目があっていいのですが、助けの角度は1つではないということを覚えておいてください。心が追い詰められている状態だと資源に気づけないことが多いので、今日、記入したこのリストはぜひずっと持っていていただいて、もし困ったことがあった時には、今日、書いていただいた方に頼るようにしていただければと思います。

 

●ハラスメント問題

ハラスメント問題について担当部門が機能していない場合、誰に相談するのがベストかは目標によります。まず目標を決め、活用資源を決める必要があります。また、法的手段に訴えるときは慎重に進めてください。人事部や法務部、上層部が助けてくれるとは限らず、被害者がトラブルメーカーの汚名を着せられる可能性もあります。復讐心は心拍数や血圧を高め、長期にわたると健康を害するため長く持たないことが望ましいです。それでも法的に訴えると決めたら、大きく動く前に、冷静に水面下で権力・証拠・仲間を集めることが重要だと言われています。自分と同じ待遇で、冷遇でつらいと思っている仲間をみつけ、いけると思ったタイミングで実行する必要があります。

また、逆切れはあまり得策ではありません。自分が逆切れしているところを誰かに見られていた時に、その証言が法廷で不利になることがありますので、常に冷静に、相手も自分も尊重したコミュニケーションをとっておくことが重要です。

「嫌なことをされたとき、やってしまいがちだけど、やらない方が良いこと3つ」もご紹介しておこうと思います。これは「泣く」「キレる」「長いメールを返す」です。粘着気質のある方、ハラスメント気質のある方は、自分が何か嫌なことをした結果、相手がそれに反応すると喜びを感じるという性質があります。ではどうしたらいいか、研究結果としては「反応しない」「距離を置く(物理的距離がベスト。できなければ心理的距離を置く)」「仲間を集める」の3点が挙げられます。

 

●SOCを作る3つの感覚「やるぞ感」

「やるぞ感」というのは、ストレスをもたらす出来事を「これは自分にとって、ある意味、挑戦だ」「これを乗り越えることは人生に必要なことだ」と信じ、日々の営みへのやりがいや生きる意味を見出せる感覚のことです。「やるぞ感」が低いと、「これだけつらいのに、なんのために頑張らないといけないんだ」「もうどうでもいい」と感じてしまい、諦めやすくなってしまいます。

「やるぞ感」の高め方ですが、まず心が弱り切っているときは、1日のうち少しでも、30分でもいいので良い気分になれる時間を持ってください。良い気分になれる時間を持ち増やした上で、肯定的な振り返りを習慣づけてください。そうしていくうちに仕事の意味や意義などについて考えられるようになります。

このように、SOCは「わかる感」「できる感」「やるぞ感」という、認知、行動、動機づけに関わる3つの感覚で構成されています。環境の中でつくられ、いくつになっても、日々の生活の中で学ぶことのできる能力です。

 

●コミュニケーションのポイント

上司へ要望を伝える際に、一方的な要求や「あなたは」を主語にした質問、嫌そうな顔やため息をつくことは相手の感情を逆なでし、事態を悪化させることがあるため、望ましくありません。感情的にならず、「私は」を主語にして、自分の事情を伝え相談するイメージで頼ることが重要です。頼るときには、相手にとってもらいたい具体的な行動を明確に伝えておくことが大切です。

これから難しい問題に直面することがあったら「わかる」「できる」「やるぞ」と感じるためにはどうしたらいいか、どのように表現すると自分も相手も尊重できるかという観点で考えてみていただければと思います。

―参加者の声―

◆性別を気にせず働き、子供を産んでから、うまくいかなくなりました。女性特有のストレッサーでつまずいていることに気がつけました。

◆自分で考えながら、隣とコミュニケーションを取れるやり方ですごく頭に入りやすかった。

◆様々なストレスに対応する方法があると知った。自分が好きなことをふと思い出し、また取り組もうと思った。

◆「私はできる」と思うことの大切さ。理解できないことはわからない、考えなくていいという考えに勇気づけられました。

◆一人で深く悩んでいたが、多角的な面から明快な解決方法を提示くださり、気持ちが明るくなりました。

◆自分の考え方を変えるのも必要だが、相手の見方を変えることも方法だと思った。一日のうち「自分ファースト」をやってみようと思います。

◆(マインドフルネスの実践で)自分の呼吸を感じる瞑想をした時、リラックできて、心が落ち着きました。

(アンケートより一部抜粋)


 

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