「働く女性全力応援セミナー」第1回 講演① 講演録

平成30年度働く女性全力応援セミナー

第1回「働くわたしたちのココロとカラダ」

 

【講演1】「知っておくべき 働く女性の“カラダ問題”」

 

□日 時:平成30924日(月)1300分~1435

□場 所:東京ウィメンズプラザ ホール

□講 師:東京女子医科大学総合診療科・女性科(女性内科)准教授 片井みゆきさん

 

●自己紹介

私は全身の様々なホルモンのバランスを診る内分泌代謝内科の専門医です。内分泌代謝の専門外来以外に、現在は東京女子医大の「女性科」という新しい取組で、女性の様々な症状に対応する診療をしています。大学病院ですので、既にいくつもの医療機関を受診して問題が解決しなかった方々が、受診されます。特に初診の方々を拝見する時は、毎回、難解な応用問題に取り組ませていただくような心持ちです。

様々なご年代、様々なお立場、様々な心身の症状でお悩みの方々が受診されます。まずはじっくりとお話をよくお伺いし、症状の背景やこれまでの経過も考慮して、診断と治療へ向けてアプローチするよう努めております。




●本日の到達目標

本日は働く女性全力応援セミナー、女性のカラダ編の講演ということで、以下の到達目標を掲げさせていただきます。まずは女性の体の特徴を知っていただくこと、次にその知識を明日からの健康に役立てていただくこと、そして、これからもずっと元気で輝いて働き続けていただくこと、この3つのゴールに向けて、少しでもお役に立てたらと思います。

話の流れとしましては、まず「女性の体の特徴と生涯を通じた変化」について重点的に時間をかけてお話をし、ついで新しい取組である「性差医療」と私自身の経験について触れ、働く女性の健康を守る上で欠かせない「女性のがん検診」について、最後に「まとめ」といたします。90分にわたる長丁場で非常に盛り沢山な内容ですので、そういうこともあるのかと聞き流していただくつもりで気楽にお聞きください。

そのなかでも、講演後、皆様にお家にお持ち帰りいただきたいTake Home メッセージを取り出し、最初に申し上げております。

まず、ご自身の健康を守る上で一番大切なことは、自覚症状の有無にかかわらず年1回きちんと定期健診を受け、がん検診も忘れずに受けてくださいということです。

さらに日常、ご自身でやれることとしては、健康のバロメーターとして体重を定期的にはかる習慣をつけてください。また、女性では健康のバロメーターとして月経の状態が大切です。ご自分の健康状態を把握する上で月経の記録をつけておきましょう。閉経後の方も受診の際に閉経や初潮の年齢を問われることがありますので、いつだったか思い出しておくとよいと思います。

そして、最後に女性の体の正しい知識や情報を得てほしいと思います。現代はインターネットの普及で、昔に比べ、良くも悪くも情報があふれている時代です。どの情報を信じていいかわからないぐらいですが、その中から自分に合う適切な情報をキャッチし、正しい受療行動をしていただきたいと思います。




●現代女性の特徴

現代女性のライフスタイルはどのようなものでしょうか。現代は人生の選択肢や価値観が多様化し、女性の生き方も自由になっています。その反面、求められる役割も多様化し、それによる負荷が増えている状況もあるのかと思います。例えば、仕事も、家庭も、地域のことも同時にこなしていかねばならず、キャパシティーを超えてしまうと心身のストレスは増加します。あるいは、仕事で大きなプロジェクトを任されたり、あるいは仕事と子育てや介護との両立など、いろいろなことが重なって、心身ともにバランスを崩すケースも増えています。私の外来でも、ストレス症状として、肩こり、頭痛、めまい、疲れが抜けない、眠れないなど、さまざまな自律神経症状の組み合わせで受診される方が増えています。

最近は「人生100年時代」という言葉を耳にしますが、生涯を通した健康と活躍が男性にも女性にも求められています。女性の生涯を通した健康を知るためには、「からだ」「こころ」「女性であること」の3つの関係を理解することが大切です。

 

●性差やライフステージを考慮する必要性:時代に伴う体重変化を例にして

「女性であること」を理解するためには、性差に注目することが役立ちます。最近は男女共通の病気でも、その成り立ちや症状、治療法に性差とライフステージによる違いがあることが解明されてきました。まずは、性差が見られる身近な例として、日本人男女の時代に伴う体重変化を見てみましょう。



向かって左側の図が男性、右側が女性です。これは戦後から最近に至るまで日本人の体格変化を男女別に示していますが、一見して、グラフの様子が異なりますよね。

では詳しく見ていきましょう。グラフの横軸は西暦で、終戦後2年目の1947年から2014年まで2年毎に年号が記載されています。縦軸は肥満度指数BMIと言って、体重を身長で補正した指標で、体重をメートル表示した身長で2回割って計算しますBMI=(体重kg)/(身長m)2。BMIが22となるのが適正体重とされ、25以上は肥満傾向、18.5以下が痩せ傾向とされています。男性はほぼどの年代も、戦後ずっと右肩上がりになっています。40~50代の男性でみると、BMIが一番理想とされる22に到達したのは、食べ物が豊富になってきた1965年前後ですが、その後も増え続け、現在の平均BMIは肥満傾向に近くなってきています。ただし17歳の男性では、2008年頃までにかけてはBMIが上昇傾向で22に近くなってきたのに、その後最近になって低下しているという興味深い現象が見られます。

一方、女性ですが、女性も戦後から1970年頃まではBMIが上昇していきましたが、男性とは異なり女性は1970年あたりを境にして、ほぼ全ての年代でBMIが下がっていき、逆V字カーブを描いています。1970年前後、当時の日本女性に一体何が起きたのでしょうか?当時の社会現象を振り返ってみると、ちょうどこの頃、痩せた体型の外国人モデルが来日し大人気となり、それを機にミニスカートブームが起こり、女性ファッション雑誌が創刊され、それを持ってミニスカートで銀座を闊歩(かっぽ)するのが流行したとあります。定説があるわけではないのですが、この頃から日本女性がファッションやスタイルをより気にするようになった時期であろうと推測されます。

このように、日本人の時代に伴う体重変化にも、男女や年代によって異なる傾向がみられます。それに伴い、健康対策も男女別、年代別、体格別に検討していく必要があります。

例えば、最近しきりに言われるメタボ検診も、40代以上の男性には特に必要であることがこのグラフからもわかります。一方、女性では特に若い年代ではむしろ痩せすぎが問題となっていることがわかります。最近の統計では、10~20代の女性の約4分の1がBMI18.5以下の痩せ傾向に入っているといわれています。私達の体の仕組みは、視床下部というところが全身を常に一定の状態に保てるよう見張っていて、痩せてくると体にとって危険と感知して、今すぐに使わないホルモンの分泌からセーブしていくようプログラミングされています。その結果、痩せてくると卵巣の働きを低下させる指令が出て、月経が不規則になり、やがて止まります。その月経が止まってしまう可能性がある体重がBMI18.5以下なのです。これから赤ちゃんを産む可能性のある世代の方が低体重により卵巣機能がストップしてしまっては、妊娠どころの話ではありません。

体重ひとつを取っても、性差を考慮し、男女別、年代別に検討していく必要があります。

 

●糖尿病の発症における性差

数ある疾患のなかでも、最近増加しており、予備軍を含め日本国民の5人に1人が可能性のあるという身近な病気、糖尿病の発症についての性差を見てみましょう。

糖尿病には1型と2型があり、2型糖尿病の発症には家族歴と共に、肥満の影響も大きいといわれています。日本人の2型糖尿病の発症率を男女別、年代別に見てみると、男女とも5060代から発症する方が増え、男性の発症率は女性の約2倍です。男性では肥満傾向の方が多いことが影響していると考えます。しかし最近になって注目されているのが、女性では閉経後、肥満を伴わないのに2型糖尿病と診断される方が増えているという点です。そのような方々は、痩せてはいても筋肉量が少なく体脂肪が多いことが要因ではないかと言われています。筋肉は糖を食後に分解する役割をしているため、筋肉量が少ないと糖を十分に分解できずに血糖値が上がってしまうのです。女性は男性に比べ元々筋肉量が少ないため、運動不足で食事制限だけすると、筋肉や骨量が減少してしまい、糖代謝にも悪影響を及ぼします。そのため、痩せているから糖尿病に無縁とは言い切れないのです。

 

●性差医学・医療への注目

このように最近増えている身近な病気である糖尿病でも、その成因や対策には性差や年代を考慮する必要があることをお分かりいただけたかと思います。生物学的な性差、社会的な性差、ライフステージによる内分泌環境の変化を含めて考慮した新しい医学・医療として、「性差医学・医療」が注目され、国内外でその実践がされてきています。日本では1999年の日本心臓病学会を機に広く知られるようになり、2001年以降から性差を考慮した女性専門外来の取組が全国で普及しました。2008年からは日本性差医学・医療学会が設立され、アカデミックな性差医学医療の普及において国際的な連携を行いながら、国内外をリードしています。日本は特に循環器(心臓の病気)の領域で性差医学研究が最も進んでいて、性差を踏まえた診療ガイドラインなども作成されています。

●男女の性ホルモン分泌の違い

性差には「生物学的な性差(英語ではSex difference)」と「社会的な性差(英語ではGender difference)」とがあります。また、性には連続性があり、単純に男性と女性という二つのグループに分けられるものではありません。それは、性を決定する要因となる性染色体の組合せや母胎内で性分化が起こる際に、様々なバリエーションがあるからです。今回は、比較する際に分かりやすいように、あえて、性差を狭義な男女差として説明させていただくことをご了承ください。

後天的(生まれた後)に、性差が生じる要因としては、性ホルモンの分泌状態が最も影響を及ぼします。性ホルモンのうち、一般に女性ホルモンと呼ばれているのはエストロジェン、男性ホルモンと呼ばれているのはテストステロンというホルモンです。実は女性も男性も両方のホルモンを持っていて、共に作用していますが、女性の性成熟期において優位に働く性ホルモンはエストロジェン、男性ではテストステロンとなります。

 

このグラフは、向かって左は女性、右は男性で、生涯における性ホルモン分泌の変化を示したものです。横軸は年齢、女性の縦軸は1日の尿中に排泄されるエストロジェン量、男性では血液中の遊離テストステロン量を測定したものです。

まずは左の女性のグラフから見てみましょう。女性のエストロジェン分泌は、一生を通じて劇的に変化します。思春期の到来に向けてエストロジェン分泌が上昇し始め、初潮を迎えます。図中のpubertyと書いてあるところが初潮です。エストロジェンは月経周期に伴い、分泌量が大きく変化します。月経周期に伴う体調変化が生じ、特に月経前は不調が現れやすくなります。エストロジェン分泌は30代後半以降、徐々に低下します。40歳前後は月経もある時期で、エストロジェン分泌の低下を自覚しにくいかもしれませんが、かなり下がってきているのがわかります。エストロジェン分泌が低下すると妊娠は成立しにくくなります。図中でMenopauseと書いてあるのが閉経ですが、閉経後は急速に低下し、生殖能を失います。

一方、男性のテストステロン分泌に周期性はなく、個人差が大きいのも特徴です。女性のようにある一定の年齢で皆が急激に下がるということはありませんが、男性も年齢とともにテストステロン分泌は緩やかに低下していきます。個人差もありますが、高齢になっても生殖能はある程度保たれます。

女性では40歳以降、エストロジェン分泌が低下し始めると、月経不順が出現し始めます。やがて自律神経失調症状として、ホットフラッシュと呼ばれる顔のほてりやのぼせ、発汗などが出現します。こうした自律神経症状は、閉経前のほうが閉経後よりも強く感じることが多いといわれていますが、エストロジェン分泌が上下する揺らぎにより症状が増幅されるためとされています。

また、エストロジェンは気持ちを安定させる働きもあり、閉経後はエストロジェン減少により、不安、焦燥感、倦怠感、気持ちの落ち込みなどが出現しやすくなる傾向があります。エストロジェンは妊娠の成立に必要なだけでなく、女性を心身の不調から守る働きをしていますが、閉経後はその庇護が無くなるわけです。平均閉経年齢が50歳前後ですから、女性の平均寿命が87歳と延びる中、37年もの長きにわたりエストロジェンの庇護を受けない状態で女性の心身の健康をいかに保って行くかが、現代の課題でもあります。

 

●女性ホルモン減少によって、起こりやすくなる疾患

閉経後の心身の健康を保つ対策として、エストロジェンの減少によってどんな疾患が閉経後に起こりやすくなるかを見てみると、脂質異常症、高血圧症、狭心症や心筋梗塞、骨粗しょう症、脳梗塞、認知症、うつ状態などが挙げられます。いずれも男女共通の疾患ですので、エストロジェン減少だけが原因ではありませんが、一因として後押ししています。

年齢に伴う男女別の総(LDL)コレステロール値の変化を見ると、20代、30代は男性の方が女性よりも高めですが、女性は40歳以降エストロジェン分泌が低下し始めると、総(LDL)コレステロール値が上昇し男性の平均を上回ります。

また、尿酸値が高いと痛風になること、痛風は男性に多いことは広く知られています。しかし、女性も閉経後は尿酸値が上昇し男性の値に近づきます。これも尿中に尿酸を排泄するトランスポーターの働きに、エストロジェンが関与しているためということがわかっています。

コレステロールや尿酸値の上がりやすさは、遺伝的な体質の有無の影響も大きいのですが、食事に注意することで、ある程度は改善します。

骨密度もしかりです。女性ホルモンが骨を強くする働きをしているので、更年期以降は骨密度も急激に低下してきます。高齢者の骨折は、寝たきりや認知症が進むリスクとなり、健康寿命を短縮させます。そのため、女性は人生の約7分の1を寝たきりや要介護で過ごしているという現実もあります。そこで、高齢になってから転倒しないよう用心することも必要ですが、まずは骨密度が下がり出す閉経期に骨密度測定をして対策を練っておくこと、さらにはもっと若いときから蓄えておくなど、将来を見越して今何をするかが各年代において必要になってきます。心配なのは、食事制限中心のダイエットで痩せ過ぎて無月経となった若い女性に、80歳相当の骨密度の方々が散見されることです。20代までが骨を蓄えることが出来る時期ですので、この時期にバランスのとれた食事と運動をすることが大切です。

ほかに、発症頻度の男女差が大きいものとして、甲状腺の病気があります。ホルモンが多過ぎる機能亢進症、低下してしまう甲状腺機能低下症、甲状腺腫瘍は、いずれも男性より女性に圧倒的に多く、注意が必要です。特に甲状腺機能異常は更年期症状と症状が似ていて、更年期のせいだと思っていたら、実は甲状腺の病気だったということもよくあります。甲状腺ホルモンの量は採血すればすぐにわかりますので、不調が続くようであれば、一度受診してみて下さい。

 

●メタボ健診の男女差

メタボ健診では内臓脂肪沈着の指標として腹囲をはかりますが、男性のほうが女性よりウエストがもともと大きいのに、男性のほうで基準がより厳しいのをご存知ですか?具体的には、男性は腹囲が85cmを超えるとメタボ、女性は90 cmでもセーフなのです。それは、脂肪の沈着する部位に性差があり、男性は内臓脂肪が、女性では皮下脂肪がつきやすいためなのです。女性は腹囲90cm以上にならないと、内臓脂肪がメタボに関係するほどではないということです。

メタボリックシンドローム(生活習慣病)と言われる肥満、糖尿病、高血圧症、脂質異常症などの疾患は、すべてが生活習慣によってのみで起こるわけではないことへの理解が必要です。先に述べた通り、性差、年代の影響もありますし、遺伝的素因も大きいのです。

メタボ健診を受けた痩せ型の閉経後の女性が血糖値やコレステロール値が引っかかったからと、さらにダイエットをして体調を崩し受診されるケースが見受けられます。検診や検査のデータをどう捉えるべきかには、性差や年代、体質、体格などによって異なります。結果の解釈は自己判断をせずに、医師に相談してから対応を行うことをお勧めします。

 

●女性の低体重が次世代へ及ぼす影響

先に、現在10~20代の日本人女性の約1/4が低体重(やせすぎ)の状態に入ること、骨密度低下、さらには卵巣機能低下から不妊へもつながるリスクがあることをお話ししました。

最近、女性の低体重が赤ちゃんへ及ぼす影響が分かってきました。最近は、低出生体重児が非常に増えていますが、一因としてお母さんの低体重が影響しているのではないかといわれています。さらに驚くべき事実として、胎内で低栄養状態にさらされると、赤ちゃんが、将来メタボリック症候群やメンタル疾患などの様々な疾患を発症するリスクが増えることが指摘されています。かつては「小さく産んで大きく育てる」と言われた時代もありましたが、今ではそれは間違いだったとされています。

 

●喫煙の影響は女性の方がより深刻

現在の喫煙率は、男性は以前よりも低下傾向が見られていますが、逆に、女性では横這いかやや上昇傾向が見られる点が問題とされています。喫煙の影響は、女性のほうが明らかに大きいことが指摘されています。妊娠中の喫煙が赤ちゃんに低体重などのダメージを与えることはよく知られています。さらに衝撃的なのは、女性自身は全く喫煙しなくても、夫や職場など周囲が喫煙する女性は受動喫煙により肺がんの発症リスクが上がってしまうのです。タバコを吸わない女性の肺腺がんのうち37%は夫からの受動喫煙が原因だったというデータも報告されています。

急性心筋梗塞の危険因子として、糖尿病や高血圧、脂質異常症と並んで喫煙が影響します。日本人男性では喫煙より心筋梗塞リスクが4倍増加するのに対し、女性では8.22倍もリスクが増加しています。このように、喫煙による健康被害は男性に比べ女性の方がより深刻であることがわかってきています。

 

●性差医療の取組

先程、性差医学・医療の新たな取組が国内外行われていること、日本も諸外国と連携を取りつつアカデミックな性差医学医療の普及が行われていることをお話ししました。

ここで少し、女性医師としての視点から、私自身の経験も交えて、日本へ性差医療が導入された経緯を時系列で振り返ってみたいと思います。

私は、今から20年前、4歳になったばかりの子供を連れ、夫と共にハーバード大学医学部フェローとして渡米しました。当時の日本は子供がいる女性医師が大学で働き続けることはより困難だった時代で、最初の1年間はロールモデルを求め女性教授の元で、残り2年は女性臨床医を妻に持つ男性教授の元で働かせていただきました。そこでの3年間は、上司や同僚、友人達にも恵まれ、仕事や人生について実に様々なことを学び、家族共々、人生の糧とも言える貴重な経験をしました。当時、米国で女性医師達が活躍する姿を目の当たりにして目を見張るような思いがすると共に、彼女達にYou can do it!と励まされてきました。

2001年に帰国後、米国での女性医師達の働き方について質問を受けたり、講義や講演の際にお話ししたりする機会が多々ありました。自分が見聞きしたことには限りがあり、さらにみんなが参考にできる教科書的なものが必要だと考えました。そこで自身が読んで感銘を受けていたWomen in Medicine: Career and Life Managementという米国の女性医師達が書いた本を翻訳し、邦題を「女性医師としての生き方キャリアと人生設計を模索して」として2006年に上梓しました。職種を越えて、女性の生き方や働き方として読み応えがあり励まされる内容で、全国の図書館や大学の講義などでも活用していただいております。

その本の一節に、女性医師の特長として「女性医師は女性患者がより多く、患者とより多く話し、患者が悩みをより打ち明けやすい。心理的なサポートをより多く行い、親密な人間関係を構築し、発症予防により積極的である」という記載がありました。これは医師に限らず、女性の特長を反映しているのではないかとも思います。

その頃はまだ女性医師は少数派で、女性医師でも「男性医師と同じように出来ること」を示す時代でしたので、「女性医師の特長」といった概念には乏しく、とても新鮮でした。今後の医師人生において、女性医師の特長を活かした診療をしてみたいと思うようになりました。

 

 

日本の医師達に性差医学医療の概念が紹介されるきっかけとなった日本心臓病学会で虚血性心疾患における性差のシンポジウムが組まれた1999年には、私はまだボストンにいました。私が帰国した2001年に日本初の性差医学に基づいた女性専用外来が鹿児島大学で開設され、2002年には千葉と東京に1箇所ずつ、2003年には全国各地で女性専門外来の開設がスタートしました。性差医学に基づき、女性のライフステージに寄り添う診療を女性医師が担当するというコンセプトが掲げられ、女性医師の特性を活かした新たな取組として大変興味を持ちました。ある日の新聞で、当時私がいた長野県でも女性専門外来が始まるとの記事を目にしました。急ぎ問い合わせたところ、予定の外来4枠のうち残り1枠の医師をちょうど探しているとのことで、担当を志願しました。ふと目にした新聞記事が、その後の私の人生、医師としての働き方を大きく変える転機となったのです。

2007年には、東京女子医科大学が東医療センターに日本初に性差医療部を開設することになり、その立ち上げを担当するよう招聘されました。東京女子医大日暮里クリニック女性専門外来として、女性の様々な症状や訴えに対応するため様々な専門分野の女性医師12人が連携する国内最大規模の女性専門外来を立ち上げました。さらに2017年からは東京女子医科大学本院に女性科が開設され、現在、その女性内科を担当し、性差医学の視点、全身のホルモンを扱う内分泌代謝内科医の視点、女性医師としての視点を活かした診療を行っています。

女性専門外来には一般の診療では診断がつきにくい方々が受診されますが、その要因を分析すると、症状が非典型的、複数の疾患が複合している等の理由で医学的に診断が難しいケースだけではなく、女性が陥る社会的な問題等が背景になっているケースもあります。そうした経験を踏まえ、医療者間だけではなく、社会的な連携やネットワークも重要であることを学びました。数年前からは東京都男女平等参画審議会委員も拝命し、様々な専門分野の委員の方々と共に、医師としての意見を反映させていただいております。

 

●女性のがん検診

人生の最期を迎える日は、残念ながら誰にも必ず訪れます。最期の日を迎えることになった原因を、東京都で見てみると、一番多いのは男女ともにがん、2番目が心疾患、具体的には心筋梗塞や心不全です。3番目から5番目は男女で多少違いますが、肺炎、脳血管疾患、老衰です。がんは男性のほうが多く、心疾患は女性が男性より少し多い状況にあります。女性のほうが長生きなので、老衰の割合は男性が3.3に対して女性が10.9。それに対して男性は肺炎、感染症が上位にくるのが特徴です。東京都と全国の女性同士を比べてみると、ほぼ同じような結果ながら、東京は悪性腫瘍(がん)が少し多く、脳血管疾患はやや少ない傾向です。

私たちの命が奪われる一番の原因であるがんの部位ですが、男性で一番多いのは肺がん、次が胃がん、大腸がん、肝臓がん、男性特有の前立腺がんの順です。女性は乳がんで亡くなる方が最も多く、乳がん以外のがんは死亡率が下がってきているにもかかわらず、乳がんは横ばいか少し増えています。よって、女性が一番気をつけるべきは、乳がんとも言えます。乳がんの発症年齢は40歳前後を境に増え、特に45歳が非常に多いというデータがあります。まだまだ働き盛りで健康の陰りなど全く感じていない年齢に、です。

東京は全国平均よりも乳がん死亡率が幾らか高いのですが、検診を受けている率はほぼ同じです。なのに、なぜ死亡率が高いのかというと、恐らく発見時のステージの違いによるのではないかと思われます。早く見つかれば乳房の中でも乳管の中だけにとどまっている(ステージ0期)ので、リンパ節転移はほとんどないのですが、発見が遅れれば遅れるほど全身へ転移する可能性が高くなり、10年生存率は下がっていくことになります。

がんの発見のきっかけとして、乳がんだけに特別な点があります。それは、自身の触診で発見できる可能性があることです。乳房は自分でがんを触れる可能性があるという点が、他の臓器のがんとは決定的に違います。自覚症状がなくても、触診でステージの早い段階に自己発見できる可能性もあります。まずは定期的に乳がん検診(マンモグラフィーやエコー)を受けることが一番大切ですが、それと併せて自身でもセルフチェックする習慣を持つと良いですね。

その他の女性特有のがんとして、子宮がんがあります。頚がんと体がんの2種類があり、頚がん検診は子宮の入り口付近の組織を綿棒でとる、痛みもなく比較的簡単な検査です。一方、体がん検診は子宮の奥から組織をとってくる検査で、少し痛みを感じるかもしれません。

頚がんは最近、特に若年層で増えており注意が必要です。近年、頚がんは性交時に特定の型のヒトパピローマウィルスが感染して起きることがわかり、予防としてはセクシュアルデビュー前に頚がんワクチン接種するのが最も効果的です。また、最近は子宮体がんも増加傾向にあり注意が必要です。体がんは女性の妊娠・出産回数の減少や食生活の欧米化などの影響が指摘されていますが、頚がんより年齢層が高いのが特徴です。

 

●まとめ

以上、女性の健康で問題となっている最近のトピックスを織り交ぜながら、性差、女性の生涯における心身の変化、性差医療の取組、がんの性差と女性で最近増えているがんについて述べさせていただきました。

女性は月経周期や生涯において、女性ホルモン(エストロジェン)が劇的に変化することで様々な心身の不調を経験します。また女性ならではの心理的あるいは社会的な要因から体調を崩すこともあります。こうした状況に対応する取組が、日本でも女性医学や性差医学として始まっています。不調を感じる場合は医療機関を受診してみてください。また、通常の健康診断と併せ、乳がんや子宮がん検診も忘れずに受けてください。

女性が働き方の検討やキャリア計画を立てる際に、自身の体の変化、特にエストロジェン分泌の変化を考慮に入れておくと良いのではないでしょうか。女性は生殖能が保たれる時期が限定されており、妊娠を希望される場合はそれを視野に入れた働き方やキャリア計画が望まれます。また、更年期は不調を自覚しやすい時期で、働く女性にとってもターニングポイントとなります。更年期に入る前から、健康的な食事、早寝早起き、楽しめる運動習慣、前向きな考え方を持つことを意識していると、更年期を乗り切るのも楽になるのではないかと思います。

そして最後のメッセージですが、女性はより親密なネットワークを構築することに長けていることに先程触れました。その特性は、様々な立場の人が、互いに手を取り合い、助け合い、男女共によりよい社会を築いていくことの源となる、素晴らしい能力ではないかと思います。こうした特性も活かしながら働くことを意識するのも良いかもしれません。そして、女性も男性も生涯にわたって健康で、いきいきと活躍できることが、医学・医療においても到達目標ではないかと思います。

長いお時間、ご清聴ありがとうございました。

 

□質疑応答

○質問:定期健診で全部ひっかかってしまい、経過観察を受けるのに各科の先生たちに自分の症状を伝えなければなりませんでした。経過観察が幾つかあると、自分が主体的に自分の体の管理や記録をして受診をしなければいけませんが、どういうことに気をつけたらいいですか。

○片井:検診で経過観察となった場合にまずお勧めしたいことは、中心となる主治医を決める(かかりつけ医を持つ)ということです。検査の結果によって、次の検査までの期間や次の検査の種類が変わってきますので、それを判断し、検査の予定を立てる、あるいは検査ができる施設へ紹介するのが主治医の仕事です。

○質問:過去の検査記録の入手や、セカンドオピニオンを受けるには、どうすればいいでしょうか。

○片井:過去の検査記録の入手に関しては医療機関によって対応が異なりますので、個別に問合せしていただくことになると思います。検査結果は、取扱いに最も注意を要する個人情報ですので、ご本人である確認等を含め医療機関でも慎重な対応になります。今後の受診に関しては、検査結果の説明を受けた際にはその場でコピーをお願いすること、貰ったデータは無くさないように専用ファイルなどに保管しておくのが一番よろしいかと思います。

セカンドオピニオンに関しても、医療機関ごとに費用や診療枠の設定が異なりますが、基本的にはセカンドオピニオン外来は自費診療の扱いが多いと思います。できれば、現在の主治医にこれまでの検査結果や画像のコピーを含めたセカンドオピニオン用の紹介状を作成していただいた上で、受診されるのが最も望ましいと思います。



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