「DV防止講演会」講演録②(第1回)

 

講演 「DVのある家庭で育った子供たちへの支援プログラム」

講師 春原 由紀さん(NPO法人RRP研究会・武蔵野大学名誉教授)

 

●DV家庭で育つ子供たちに見られる様々な影響

私たちのプログラムには、DV加害者から離れて生活している被害を受けた母親と子供たちが参加します。そして母子がグループ活動を通して元気になっていくことを目指します。また、お母さんと子供の関係を安定したものにしていくために、どんな支援をしていったらいいのかもテーマのひとつになっています。

 

子供の健康な発達に必要なことは、子供と周囲の人々との安定した相互関係です。エリクソンによると、乳児にとって大切なのは、基本的信頼の獲得、人に対して、外の世界に対して、自分に対して、基本的に大丈夫というような基本的な信頼感を持つことです。

DVの家庭で何が起こっているかというと、母親は常に夫の暴力や言動への警戒と緊張状態にあり、安定した子供との相互関係を育む余裕を失っていることが多いのです。子供は、ものすごく敏感で、夫婦の間に緊張が走り始めると、子供も一緒にその中で緊張をしていき、暴力が始まると泣かなくなってしまうなど、非常に不安定な関係体験を重ねることになります。

まず「行動への影響」について。乳児期から幼児期、学童期と、子供の発達段階によって受ける影響は、少しずつ違うのですが、子供の中には非常に落ち着きがない、集中力がない、衝動的な行動を学習してしまい、中にはADHD(注意欠陥・多動性障害)といった診断を受ける子供もいます。

一方、子供が自分を守るために外側から来る刺激を遮断するという行動の仕方を学ぶこともあり、自分の中にこもっていくと、外に対しての不信感がうまれ、人と目が合わないとか、余りコミュニケーションがうまくいかないなどの行動に、広汎性発達障害というようなレッテルを張られることもあるのです。これらの行動を学習せざるを得なかった子供は、確かに脳に変化はあるのかもしれないけれども、それよりも安全で安心できる環境の中で新しい行動の仕方を学習する力を持っているということがすごく大事なのだろうと思います。

次に「感情への影響」ですが、感情を表出して、ぴしゃっとやられる体験をたくさんすると、人間は感情を抑え込むだけではなくて、感じないようにする。私たちがグループで子供たちに、今どんな気持ちか聞くと、「暑い」とか「走ってきた」とかと言いますが、「暑い」も「走ってきた」も感情ではなく状況を説明する言葉です。自分は走ってきて今息苦しくて苦しいと言えればずいぶんと感情として表現されます。ただDVにあっていない子供たちの中にも、課題を解いたりゲームをしたりは得意だけれども、自分の気持ちを言葉で表現することが苦手な子供が増えているなと感じています。

感情への影響の中で一番の問題は自責感です。自分が悪いから、自分のせいで、お父さんとお母さんがけんかをするというふうに思い込んでいる子供が本当に多いのです。また、不安感とか孤立感、僕んちだけ変なんだという感情の問題もあります。

3番目に「価値観への影響」です。家庭を支配するルールを子供たちは学習してくるのですが、DVのある家庭では、問題解決の方法として暴力を学習したり、強いものが弱いものを支配するのは当たり前という価値観を持っていたりします。また加害者が被害者に対して責任転嫁して自己の行動を正当化するのを見て、お母さんがだめだからぶたれるのだ、自業自得ではないかという価値観を持つ子供も結構います。私たちRRP研究会は、被害母子の支援と同時に、加害者の教育プログラムを実施しています。そこでの、加害者たちの話し合いでは、最初のうちは、相手の態度や行動に問題があり、俺は間違っていない、という認知が目立ちます。それをどうやって気づいてもらうかがグループの大きな課題ですが、愛情があるから支配するという支配の論理を子供も認知しているし、単純に言えば、強い者は弱い者を支配していいのだという認知が成立するのです。

さらに、「認知的側面への影響」もあります。具体的には学習の遅れです。安全で安心していられる環境の中で、人は初めて集中できるのです。それが成立していない中で育った子供たちは、学校に行っても落ち着かず、安心して先生の言うことを集中して聞くのは難しい。また、子供が大体1歳半から2歳ぐらいまでのころ、「何だ、これは」と引き出しを開けて、お母さんの口紅を出して塗ってしまうなど、知的好奇心から探索行動をすることでいろいろと学習していきますが、DVのある家庭では危なくてそれができません。

「身体的発達への影響」も出てきます。

最後に「母子関係への影響」です。DVというのは母親への様々な形での支配ですが、同時に、DV目撃(これは見ているか否かという意味ではなく、DV状況に内在しているという意味です)という子供への虐待でもあるのです。そしてDVは同時に母子関係を破壊します。DVから離れた後、前のDVの影響を受けて、必ずしも安定的な母子関係が形成されているとは言えないことが結構あります。こうした母子関係をどうやって発展的な関係にしていくかも大きな課題だと思っています。

 

●男女の関係性から生まれる被害の連鎖

DV被害の防止には、特に母子へのアフターケアと加害者へのアプローチが世代間連鎖を防ぐ両輪なのですが、日本の取り組みはとても遅れています。

また、DV家庭で育つ子供の被害という視点も、ここ数年ようやく認知されるようになりました。DVの問題というのは個人の問題ではなく社会の問題です。支配や暴力を正当化する文化とか社会制度を変えなくては、変わらないのです。

暴力に対する認識や男女の関係性についても、私たちは自分の家のお父さんとお母さんの関係性を見ながら学習してくるのです。そこに暴力があれば、それが当たり前なのです。

カウンセリングに来たある女性は、暴力が支配する家族の中で育ちました。居心地が悪くて一日も早くうちを出たいと思っていて、高校を卒業してしばらくたって優しい男の人が声をかけてきました。彼は結婚するまでは優しかったのに、結婚してしばらくたったら暴力が始まったのです。そのときに彼女は、「ああ、やっぱり家族、家庭ってこういうものなのだと思った」とおっしゃっていました。

加害ばかりではなく被害の世代間連鎖もあるのです。それを変えるために、今回のようにいろいろな場所で一緒に考えていくとか、デートDVの出前講座などで男女の関係性について思春期以降の子供たちにきちんと話をするのはとても大事なことです。

 

●母子が同時並行で学ぶコンカレントプログラム

被害母子の回復と自立への支援に向けてですが、DV被害から来るさまざまな困難は、加害者から離れて安全な状況に身を置くことができた後に浮かび上がってくることが多いといえます。もちろんDVの最中にも症状がいろいろと出るのですが、症状が非常に強くなったり、問題行動が起きたりするのは後が多いのです。回復には、本当に長い時間が、そして継続的に多様な支援が必要です。そうした支援の一環として、DVの被害を外在化して、新たな価値観の中に生活を切り開く機能を果たそうとするのが、私たちがやっているコンカレントプログラムです。

コンカレントプログラムは、DVの被害を受けて、現在加害者から離れていることが条件です。子供とお母さん、2つのグループがあり、同時並行で動くのが特徴です。

子供グループの活動時間の半分は、これまでの経験を語り、暴力、責任、感情、安全計画などについて学ぶ心理教育的プログラムですが、残りの半分は、子供の意見を取り入れながらグループセラピーのような形をとります。

子供たちは、グループの安全で受容的な関係の中で、自分たちの経験を言葉や絵で表現する。それから、暴力とか感情について学んでいく。子供たちは、安全、安心を実感すると驚くほど素直に、自分がどういう体験をしてきたかを表現し始めます。お母さんも同じ時間に別のお部屋で、ファシリテーターと一緒にいろいろなエキササイズをしたり話し合いをしたりしながら進めますが、テーマは子供と並行です。そうすると、お母さんと子供がいろいろな話ができたりする、というのが大事だと思います。

 

●心理教育の視点

子供グループの心理教育の視点の一つは、「暴力について」です。子供たちに「どんなところで暴力を見た?」と聞くと、ゲーム、漫画、映画、テレビ、そのうちに学校、それから最後の最後にはうちでもあったというふうに出てきます。そうやって日常的に広がっている暴力を問題にするということから始めます。そして、では、おうちの中であったことについて話そうかと言うわけです。

2つ目は「感情について」。自分の気持ちを言葉で表現するというのは、一つのスキルの獲得です。頭にきてバンとやってしまうのは、頭にきているということをちゃんと捉えていないからです。だから、頭にきたときにどうしたらいいかというのを一緒に考えます。

それから「責任について」。実際、子供のことが夫婦げんかの原因になることが結構多いのです。自分のせいでお父さんとお母さんのけんかが始まるのを子供が目撃すると、僕が悪い子だからお母さんがやられていると思い込んでしまいます。大人同士のけんかや暴力の責任は大人にあるのだ。子供には責任はないということを、しっかりと言います。お母さんグループでは、暴力はそれを選択した人に責任があるということを伝えます。

「問題解決」。暴力ではない問題解決の方法をロールプレーなどを通して学んでいきます。

「安全計画を立てる」。グループに参加している母子は加害者から離れていますから一応安全なのですが、実際には必ずしもそうとは言えないのです。危ないとき、どうしたらいいかを一緒に考え、支援を求める手立ても増やしていきます。

それから「自分も人も大事にする」ということを、実践を通して学習するのも大きな目的です。

 

●子供の気づき・認識の変化

グループのプログラムに参加した子供たちに個別にインタビューをしていますが、その中から少しご報告したいと思います。

まず「暴力について」。「『外側の傷は内側の傷になっている』と言ったら、『そうだね』と言われてうれしかった」。ワークで大きな人型を描きます。外側が傷つくってどんなことか、悪口を言われるのは内側の傷だとか、子供たちで分類していくのです。そこで3年生の子供が、外側にできた傷は内側の傷にもなるのだということを気づいて発言したのです。そうしたら、ファシリテーターもほかの子供たちも「そうだ、そうだ」と言いました。自分の発言がみんなに受け入れられたという体験も、彼にとってはとても大切なことだったのです。

それから「感情について」。「怒りの静め方が勉強になった」「おもしろい実験はすごいなと思った」「怒り少し消えた、でも、まだ残っている」など。怒りというのはため込んだら爆発する。少しずつ上手にマネジメントしていくのが大事ということがわかりました。

そして「責任について」。「けんかは親の責任なのだ、子供の責任ではない」と言った後に、「では子供にはどういう責任があるか」という問いかけをします。そうすると、「歯を磨く」とか「顔を洗う」とか、「学校に行く」とか「宿題をやる」とか、考えていろいろ発言していきます。そういった中で「生きる」と言った子がいるのです。それは自分の責任だと。すごいです。このように、自分には自分の責任があるのだということも気づいていくのがこのワークのおもしろさです。

「安全計画を立てる」では、「相談できるところがあることを知った」「相談できるところをグループで教えてくれる」など。また、「自分の安全計画のカードを作ってランドセルに入れている」「困ったときに助けてくれる人とか場所について最初に聞いておく」。困ったときにはいろいろなところに相談することができると自覚することは、子供にとってとても大きな力になるのです。

このグループに入ってどんな変化があったか聞いてみると、「学校で友達とたまにけんかすることがあったけれども、半分に減った」「学校のこととか話さなかったけれども、ここに来てお母さんにちょっと話すようになった」、それから顔がぱっちりしたと言われた」お友達のお母さんが「顔がぱっちりしてきたね」と言ってくれて、子供はすごく嬉しかったみたいです。

 

●自分で語って受けとめてもらえる体験の大切さ

DVに関して、子供に心理教育を実施する必要性について。子供の傷つきを癒やすだけでは足りません。DVにさらされてきた子供の被害の大きさを周りの人たちが認識して、被害の外在化を図る。つまり、こういうことがあったのだと外に出す、子供が自分で語る。そして、それを周囲が「大変だったね」「よく頑張ったね」と受けとめてくれる、そういう体験がとても大事なのだと思います。そして、暴力や感情表現や、責任などを認識的に整理して知るということがその上にのってきます。

DVの被害体験が未整理なまま成長することの危険性、それが世代間連鎖につながっていきます。何が起きているのか、どういうことなのかをしっかり整理するという活動は、小学校の中学年から高学年の子供ならできます。

また、男女の関係性について学ぶ機会がないことから、自分の体験した関係性を学んでいます。コンカレントプログラムのグループでは、ファシリテーターは男性と女性で入るようにし、なるべく対等な関係性をモデルにしてもらいたいと思っています。平等な男女関係を学ぶことは世代間連鎖を断つことにも繋がるのです。

 

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